自然の変化に富むネパール王国
ネパールの国土は東西900Km、南北150Km。北はチベットと接するヒマラヤ山脈、南はインドへつながる平野部にはさまれた小さな国です。(総面積は14.7万平方キロで日本の約38%。人口は、約2,475万人で日本の約19%)
標高5,000mを超える山岳地帯から亜熱帯の低地まで変化に富んだ自然の中で、30以上の民族が暮らし、ヒンドゥー教と仏教が混在した文化の多様性を誇っています。
7,000万年~1,000万年前、海を隔てて離れていたインド亜大陸がアジア大陸にぶつかりこれを押上げ始めてヒマラヤ山脈が形成されたと言われています。
首都カトマンズは、緯度的には日本の奄美大島と同じで亜熱帯に属し、時差は日本のマイナス3時間15分です。
厳しい気候風土のムスタン
ムスタンはネパールの中西部に位置し、ヒマラヤ山脈が形成された際にできた南北の大きな地溝帯で8,000m級のアンナプルナとダウラギリ連峰の北側に位置し、全域が標高2,000m以上の高地となっています。
ヒマラヤ山脈のひび割れのような地形なので、チベットからの乾燥した風またはチベットに向けて吹き上がる南風の通り道となり、1年中強風が吹き荒れる年間降雨量がわずか200mmの乾燥地帯です。
美しくも過酷な大自然、文明から遠く離れたヒマラヤの山奥で敬虔なチベット仏教徒約14,500人が素朴に暮らしています。
ムスタンの地勢
北は中国チベットに接するムスタン地域は、南北約81km、東西約64km、面積は3,640平方キロで、日本の奈良県を一回り小さくした程度の形状となっています。
南半分をアンダームスタン、北半分をアッパームスタンと称しているが、村落のある生活領域は、各々標高2,700m以上、3,600m以上の高山帯です。
小石と土の砂漠、カリガンダキ河に沿って無数の渓谷、段丘が続き耕作地および耕作可能地はわずか2.6%で不毛の大地です。
ムスタンは王国?
ビスタ国王は大の親日家、王妃は隣りのチベットからお嫁入ムスタンはネパール王国の一つ郡に相当しますが、「ムスタン王国」と呼ばれ国王がおられます。
15世紀に建国され、アッパームスタン地域にある王都ローマンタンはチベット・インドの交易中継地として栄えましたが、1769年ゴルカ王朝の国内統一によってネパール王国が成立したときに領土はネパールに組み込まれました。
国王の称号と自治権は認められていますが、25代目の現ビスタ国王までの時限付きでいずれムスタン王国は消滅する運命となっています。
アッパームスタン地域は隣国のチベット動乱以来、長く外国人の立ち入りが禁止されていたため、「禁断の王国」などと呼ばれており、解禁された現在でも入域は厳しく制限されています。
ムスタンへのアプローチ
カトマンズからムスタンへは、ネパール第二の観光地であるポカラを経由して向かいます。ポカラまで険しい谷間に沿って走るバスを利用すると6~7時間かかりますが、飛行機を利用すれば所要時間はわずか35分です。地形の複雑なネパールでは、陸上交通の整備が難しく、航空路線がそれを補っています。
ポカラからアンダームスタンの中心地ジョムソンへは、徒歩だと3~4日もかかります。山岳地帯を有視界低空飛行する小型飛行機を利用すれば、20分で到着しますが、飛行可能なのは強風のない午前中だけで雨期には遅れや欠便が多く日程に余裕をもたなければなりません。
ムスタンに入ると自動車道路はなく、もっぱら徒歩か馬(ムスタン馬という子馬)により移動することになります。従って、ジョムソンからアッパームスタン・ガミ村へは峻厳な谷あいの道といくつかの峠を登り降りしまた3~4日かかります。






